まとめ

パウロは、ローマに滞在中も、ピリピ、コロサイ、エペソの信徒たちに手紙を書くことで指導し、教え続けました。また、コロサイの教会のリーダーでピレモンという名の人宛てにも、個人的な手紙を書きました。この手紙から、パウロがまもなく釈放されることになっていたことが分かります(ピレモンへの手紙1章22節)。

教会の歴史から、パウロが実際に牢獄から解放され、さらに伝道の旅を続けたことが分かります(テトス3章12節、第二テモテ4章20節)。

そして、続けて教会を立ち上げていき、自ら育てたリーダーたちにさらに3通の個人的な手紙を書きました。

 


この時期より後に書かれた書簡


パウロとペテロは、二通目の手紙を書いた後の西暦67年頃に殉教しました。