
聖書の箇所を読み、歌を通して主を賛美する。
祈り、御言葉に基づいた助言、また励ましをもって、互いの必要に応え合う。
イエスさまに従っていくように、愛をもって励まし合う。
キリストにあって、私たちはどのような者に変えられることができるのか、また神さまが私たちを通してどんなことをすることができるのか、ビジョンを投げかける。
マルコの福音書に記録されているイエスさまの最初の言葉は、「悔い改めなさい」です。この言葉は、神の道と人の道は全く異なり、私たちがものの考え方全体を変えなければならないということを教えています。そのひとつが、私たちが自分自身をどう見るかです。私たちは、神さまと共に生きる人生がどのようなものか、また神さまが私たちの人生でどのようなことをなしてくださるのかについて、理解を刷新しなければなりません。マルコの福音書で次に記録されているイエスさまの言葉は、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」です。この「イエスさまについて行き、人をとる漁師になる」という言葉は、イエスさまの弟子全員に対する召しです。私たちが、自らを惜しみなくささげてイエスさまに従っていく時、私たちの生活も、周囲の人々との関係も変えられていきます。悔い改めの心を忘れず、絶えずイエスさまに従い、人をとる漁師として生き続けるよう、互いに励まし合っていきましょう。
イエスさまの死の数週間前、イエスさまと弟子たちは、エリコという町にいました。一行がエルサレムに向かう、約24キロの山道を行く途中で、ひとりの目の見えない人がイエスさまの注意を引こうと大きな声で叫び始めました。以下の箇所は、その後に何が起こったかを記録しています。
ルカ18章35〜43節を、声を出して2回読む。
イエスさまは、人々に対して大きなあわれみを持っておられます。そしてある時、目の見えない人に「わたしに何をしてほしいのか」と「究極の問い」を投げかけ、その後でその人の必要に応えられました。ヨハネ14章12〜13節で、イエスさまは次のように語っておられます。「わたしを信じる者は、わたしが行うわざを行い、さらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは、何でもそれをしてあげます。父が子によって栄光をお受けになるためです。」イエスさまに従う私たちもまた、周囲の人々に対して、「あなたはイエスさまに何をしてほしいのですか?」という「究極の問い」を投げかけることができます。そして実践的な方法でその人たちの必要を満たし、御霊の力によって積極的にあわれみを示すのです。このスキルは、「御国の成長プロセス」の1つ目の畑で実践することができます。

|
|
|